2019年09月19日

Saturday Night Fever:Stayin Alive

Stayin Alive


サタデー・ナイト・フィーバー(原題:Saturday Night Fever)
アメリカ映画(1977年)
監督:ジョン・バダム
音楽:ビージーズ、デヴィッド・シャイア

実はこの映画はまだ観ていなかったりします。続編「スティン・アライヴ」は映画館で観たんですよ。
その時の印象で、主人公トニーがいまいち好きになれなくて。彼のダンスは最高だけど、性格的な部分で(^^;
「サタデー・ナイト・フィーバー」の方が世間の評価は高いので、いつか観ようと思いつつそのままになっています。映画で使われた楽曲は好きだし、70年代のディスコの雰囲気もかなり好きなんですが。

ジョン・バダム監督の他の映画は1983年の「ウォー・ゲーム」と「ブルーサンダー」は観てまして、どっちも好きな映画です。1986年「ショート・サーキット」は(観たいと思ってたのに)見損ねました(^^;

以下は全てこの映画のサントラにある楽曲です。

Night Fever


You Should be Dancing


More Than A Woman


How Deep Is Your Love


音楽のデヴィッド・シャイアさんは「大統領の陰謀」「ヒンデンブルグ」「ジョーイ」などの音楽も担当された方ですね。美しい曲ばかりではなく、不安を誘うような音楽も秀逸な方です。
シャイア氏の楽曲から「Salsation」

この曲が掛かったダンスシーンの動画もYoutubeにありましたが、最後切れてしまうのであえて楽曲だけの方。

イヴォンヌ・エリマン「If I Can't Have You」

これ「絶対ビージーズの提供曲だろなぁ」と思ったんですが、今回調べたらやっぱりそうでしたw

Kool and the Gang「Open Sesame」

彼らのミュージック・ビデオも楽しいw

これだけ好きになれる曲が集まったサントラ盤ってあんまりないです。他には「ラブ IN ニューヨーク」(Night Shift)と「トッツィー」くらいかなぁ。(「フラッシュダンス」「ポルターガイスト」「キャットピープル」のサントラもかなり気に入ったので買ったんですが、数曲飛ばして聴きますし。)

そしてサントラを聴くたびに、「いつか観よう」とか思ってしまう訳です。

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posted by nyan7 at 10:00| ヒューマンドラマ

2019年09月18日

Doctor Zhivago : Lara's Theme

Lara's Theme


ドクトル・ジバゴ(原題:Doctor Zhivago)
アメリカ・イタリア映画(1965年)
監督:デヴィッド・リーン
音楽:モーリス・ジャール

このメロディと最初に出会ったのは、大昔の安価な子供向けオルゴール。「乙女の祈り」「ラブストーリー」など色々な曲の中にあったのが「ララのテーマ」(「ラーラのテーマ」)でした。当時は洋画なんてほぼ知らない子供でしたから、映画音楽だって事も知りませんでした。最近でもYoutubeで「 Lara's Theme」と検索すると多数のファイルに出会うので、今も人気ある曲なんでしょうね。

中学生時代に洋画に興味を持ち始め、図書館で借りた映画関連の本で借りた「アカデミー賞」関連の書籍でこれが作曲賞を取った作品だと知りました。その後TV放映があり、前後編で二週間かかって観る事が出来ました。その頃になってもまだデヴィッド・リーン監督が「ドクトル・ジバゴ」の他に「戦場にかける橋」「アラビアノロレンス」「旅情」などを作った名監督だという事も当然知りませんでしたがorz
音楽を作ったモーリス・ジャール氏に関しても、このブログを書き始めてから、「あれもこれもこの人の曲だったのか!」と知ったクチです。

主演オマル・シャリーフ氏はベドウィン族長役で「アラビアのロレンス」にも出演された方。エキゾチックな美男子俳優さんです。ヒロインのラーラ役はジュリー・クリスティさん。私が観た作品はこれの他だと「天国から来たチャンピオン」くらいです。(「ドラゴンハート」も少し観たけれどよく覚えてない(^^;。)「トロイ」や「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」にも出ておられたようです。

原作はボリス・パステルナーク氏というロシアの作家さんです。子供の頃は音楽家を目指していた事もあったそうで、作曲もしていた頃があるとか。1890年生まれで、ロシア革命と二つの世界大戦を生きた方です。ソ連時代は反体制的という非難を受け「ドクトル・ジバゴ」も発禁処分、結局イタリアで出版されたそうです。またノーベル文学賞が決まった際にもKGBやソ連作家同盟からの反対に遭い、辞退する事になったそうです。

「ドクトル・ジバゴ」はまさにパステルナーク氏が生きた時代の物語です。
WW2の後、ソ連のイエブグラフ・ジバゴ将軍が腹違いの弟ユーリの娘である戦災孤児トーニャを訪ねる場面から始まります。そこで語られるトーニャの両親ユーリとラーラについての長い回想が物語の本筋です。
ロシア革命の頃、ユーリ・ジバゴは医者として順風満帆に見えた。そして恋人がいるのに他の男に横恋慕され、散々な目に遭いながらもようやく恋人と結ばれるラーラ。
……前編放映の週に主人公二人は同じ町ですれ違うだけで、全く出会ってさえいないという状態(^^;
それが後半の放映に入ると運命的に出会い、お互い配偶者がいる立場なのに恋が燃え上がるという結構な急展開。
恋の結末は、二人の間に生まれた娘が「両親の事を知らない」と言えば大体想像がつくかと思います。
最後に両親の話を聴き終えたトーニャが背中にバラライカを担ぎ、恋人と立ち去る。このバラライカ、ユーリがラーラと最後に別れる時に託した物だったのかも。
そして、ダムにかかる虹と画面に流れるラーラのテーマ。
このラストだけで、途中感じた「長い」「何故そうなるのかよく分からん」「じれったくてイライラ」が全部吹っ飛んで、私の中で「泣ける映画」という立ち位置になりましたw

とにかく観た当時はロシアの歴史を全く分かっておらず、「戦争に引き裂かれた」って印象以外は持てなかったんです。時代の中で翻弄された恋人たちの「背景で動く歴史部分」が分かるともっと理解出来たのかなとも思います。近年ロシアを含めた世界史を少しだけ頭に叩き込んだので、今ならもう少しマシかもです。

しかし、あの長い映画を(CMカット無しで)鑑賞する根性がないので、今のところ再鑑賞の予定無しです(^^;

posted by nyan7 at 06:52| ロマンス

2019年08月22日

The Little Princess/Knock'd em in the Old Kent Road

The Little Princess/Knock'd em in the Old Kent Road


「テンプルちゃんの小公女」(原題:The Little Princess)
アメリカ映画(1939年)
監督:ウォルター・ラング
音楽:チャールズ・マクスウェル、シリル・J・モックリッジ

オン・デマンドで鑑賞。何故に姓にちゃん付けしてる邦題なんだろう。普通に「シャーリー・テンプルの小公女」で良かったような気がする。もしくは「シャーリーちゃん」。
それはさて置き。天才子役と名高いシャーリー・テンプルさん。この映画1939年の公開なので、恐らく撮影の頃は10歳でしょう。(映画の中でも「10歳」と言ってたような)彼女の映画は後年カラー化された物もありますが、「小公女」は元々カラーだったそうです。歌も踊りもあり、サラ(セーラ)が夢の中で見たお姫様姿とバレエのシーンもあり。最後はベリル・マーサー演じるビクトリア女王まで登場するという豪華さ。

夢のシーン


予告編


かなり原作とは違うお話な訳です(^^;

「小公女」は日本でもアニメ化もされていますし、内容知ってる方は多いと思います。私は小学校の図書室にあった2種類の訳者が違うバージョンと、従姉に貰った物を合わせて3種類のバージョンを読んでいますし、近年ネット上でも読んだばかりです。(青空文庫の「小公女」)

なので、色々違和感はあったんですよ。以下ネタバレにつき、改行&文字色変えておきます。






原作ではサラ(セーラ)は7歳。
タップダンス踊ってるし!
お父さんはインドで死亡だったが映画ではボーア戦争に行っている。
隣の富豪のおじいさんは、学校の優しい若い先生の恋人のおじいさん。
原作ではミンチン先生には妹がいるが、映画では弟。しかも超良い人。
原作にはビクトリア女王は登場しない。
映画では隣のペットがオウム(コンゴウインコ)


という事で、原作はスルーして観る方が気になる部分は少ない映画かも知れません。

今回代表としててご紹介した「Knock'd em in the Old Kent Road」。
場面はサラが破産したと思ったミンチン先生に屋根裏部屋に追われた後に、父親を探して病院に行った際にミンチン先生の弟バーディと一緒に患者たちのリクエストで歌っています。
この歌は「Wot Cher! Knocked 'em in the Old Kent Road」として、英国のミュージックホールで歌われていたコミカルな曲です。歌詞にはコックニー(ロンドンの労働者階級の使う言葉)が使われているそうです。スタンリー・ホロウェイなど色々な方が歌っていますが、オリジナル歌手が誰なのかは今回の調査では分かりませんでした。

スタンリー・ホロウェイの「Knock'd em in the Old Kent Road」

この歌が作られたのは1891年なので、時代背景としては流行歌って扱いなんでしょうね。
posted by nyan7 at 10:00| ドラマ